ハーグ市:地元Laakの国際性
皆様、こんにちは!
地元では、Laak(ラーク)のEmiと覚えて下さる方が多い私です。
Laakはハーグの南にある地区で、私は限りなく隣町のRijswijk(レイスヴェイク)に近いところに住んでいます。
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(注)Wikipediaより画像をお借りしています。
ハーグ市は政治の中心地。外資企業のオフィスも集まっているので、国際色豊か。
英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語を耳にする機会が多いです。
Emiの地元Laakも、国際色豊かなんですよ!
といっても、皆さんが想像するのとは少し違うかもしれません。
そんなLaakで出会った女性たちを今日は少しご紹介したいと思います。
Laakで耳にする言語は、アラビア語、アフリカのフランス語、ポーランド語、トルコ語。
私が住んでいる通りでは、中国語が近年とても増えました。
赤ちゃんの育児相談のボランティア(MIM=Mothers Informs Mothers)のメンバーの出身国は、モロッコ、ソマリア、エリトリア、コンゴ、マダガスカル、トルコ、チュニジア、インドネシア、アフガニスタン、シリア、ポーランド、チェコ、ロシア、中国 といった国々です。
日本に住んでいたら、きっと出会うことは無いだろう国々から来た人々。
彼女達の話を聞いていると、本当に辛辣な世界を生き抜いてきたことが分かり、涙なしには聞けません。
生後1カ月の赤ちゃんを抱っこして空爆の中を逃げ回ったという、アフガニスタンからのお母さん。
彼女は、アフガニスタンの国際政府機関で働いていたというだけあり、流ちょうな英語で話してくれました。
↓アフガニスタン位置
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注)Wikipediaより画像をお借りしています。
彼女と話した時、当時抱っこしていた赤ちゃんは1歳半に成長していました。バギーでスヤスヤ眠る姿に『オランダに来れて良かった、本当に良かったね。』と心から思いました。
コンゴでは、激しい内戦が今も続いています。武装勢力の恐怖政治に怯えてオランダに逃げてきた、という女性もボランティアの中にいらっしゃいます。
↓コンゴ位置
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注)Wikipediaより画像をお借りしています。
エチオピアとの国境紛争の後も、生きるに生きられないエリトリアを脱してきた女性は、オランダに来てからもずっとずっと1人ぽっちだったと言います。
↓エリトリア位置
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注)Wikipediaより画像をお借りしています。
だから、必死にオランダ語を学んだ、と。ティグリニャ語を話せる人がオランダにはなかなかいないのだそうです。
紛争による国の混乱がある限り、難民問題は解決しません。解決しない今この瞬間にも、世界には密かにボートに乗り込む人や、国境に向かって歩いている人々がいるのです。子どもの手を引いて。赤ちゃんを負ぶって。
MIM では、そんな苦難を乗り越えてオランダへやってきた人々の第二の苦労を目の当たりにすることが多々あります。
難民キャンプを出た後が本番なんです。オランダ社会に溶け込むのは、決して容易なことではありません。
Laakに住んでいなければ、このような現実を間近に見ることはなかったでしょう。ニュースで見た混乱を、文字通りくぐり抜けてきた生身の人々を。
多くの難民がヨーロッパを目指す中、正式に難民申請が下りるのはたったの一握りですが
彼ら・彼女らがオランダ社会の中に居場所を作る地元の支えになりたい。
どんな言葉をかけるよりも、そばで話を聞いていたい。
そう常々心掛けて、今もMIMのボランティアを続けています。
生きようとしている人を応援したい。私も必死だから。
社会に貢献したい人を応援したい。私も社会に出たいから。
理解されたい人を理解したい。それが、その人の原動力になると知っているから。
『人』は、互いに寄りかかり合い立っています。
社会の最小単位である家庭から、寄りかかり合える家族関係を築くことができれば、世界はもっと平和になるのではないか? 家庭単位で『世界は多様である』ことを理解する土壌があれば、民族間の紛争は減っていくのではないか?
そんな思いが、私のオーガナイズの原点です。
身1つで(とスマホで?!)命からがら逃げてきた女性たちの話を聞いていると、モノが多いことの悩みが、なんと恵まれていることかと、合わせる顔がなくなってしまいますが… ネ💦
お金は良く考えて使いましょう 😌 反省を込めて…
May organizing harmonize the world!
本日も最後まで読んで下さり、ありがとうございました。
それでは、次回まで
Tot ziens!
